【STU48】卒業直前の石田千穂の9年間を振り返る「2年目に辞めると伝えたら…」

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【STU48】卒業直前の石田千穂の9年間を振り返る「2年目に辞めると伝えたら…」
2026.05.29 STU48のちりめんパーティー【石田千穂 中村舞】 アシスタント:ボールボーイ佐竹卒業直前の石田千穂佐竹:卒業はいつ頃から考えたんですか?石田:2年前ぐらいに1期生がズダダダってみちゅ(今村美月)、石田(みなみ)、なんちゃらなんちゃら卒業卒業!わー!みたいな。佐竹:軽く言うな(笑)石田:すごい卒業ラッシュがあってその時に考えるようになりました。石田:卒業していく同期を大量に見て自分の想像もついてきたなみたいな、次のステップを自分も考えといけんなって。佐竹:それまでは全く考えてなかった?石田:いや、定期的に(笑)石田:自分が叶えたいと言っていた夢が一通り叶ったなってふと思った瞬間があって、その時にやりきったって思ってそれが1年前ぐらいで。佐竹:一人でいる時に振り返ってみたらもう自分がやりたかったことできたなって思ったってこと?石田:確か(笑)佐竹:これが石田千穂ですよね(笑)佐竹:相談とかしてたの?石田:舞ちゃんにだけ都度都度「卒業したいんよね」とか「いつしようかな」とか「今日運営さんと喋ってきたわ」とか何でもかんでも伝えてました。佐竹:じゃあ結構前の頃からそういう動きはしてたの?中村:確かにありました。ご飯とか行くたびにそういう話を結構してました(笑)佐竹:たまには違う話したってよ(笑)石田:毎回自分たちの今後の人生について。佐竹:確かにちりパで来た時に「ちょっとたわいもない話する時もそういう未来を話したりするんです」みたいな話もしてたもんね。佐竹:その都度舞Qはどう思ってたの?中村:あまり実感がなくて、あまりまだ現実味がなくて。ちゃんと進まないと。だからまだいてくれるとは思っていたので急に決まってからが早くて。佐竹:来たってなったらやっと実感がわいた感じ?中村:まだ心が追いついてない。だからまだ笑顔です。逆にまだいてくれそうな感じが。9年間の活動を振り返る佐竹:アイドルはいつから夢だったんですか?石田:小学校1~3年ぐらいの時にAKB48さんがめっちゃ流行って、その時に私超ガチ勢で大好きでAKBさんがきっかけで自分もこんなキラキラしたアイドルになりたいって思いました。石田:その時はテレビでも見たしお父さんのパソコンを借りてAKBさんの『ポニーテールとシュシュ』とかMVをいっぱい見てました。佐竹:ちょっと踊ったりもするの?石田:踊ったりもするし実際に握手会とかも行って握手してました。佐竹:行ってたんや!石田:広島であるやつだけですけどお父さんと行ったり友達と行ったりしてました。石田:ずっとアイドルは目指してました。佐竹:将来アイドルになるぞって。石田:なるぞって思ってたけど、いろんなことがあってもうアイドルいいかもって思ってた時期にちょうどSTUができるっていうオーディションを見つけて「これを最後のオーディションにしーよう」みたいな感じで本当に受けました。佐竹:前もいろんなオーディション受けてたの?石田:受けてました。で割とちゃっかり受かっちゃって。一応事務所にも入ってたけど何も活動はせず何年も過ぎていたのでもういいかなって思ってて。佐竹:じゃあこれがダメやったらけじめにしてこの業界からは足洗おうみたいな。石田:調理学校に通って料理が上手なお母さんになろうって思ってました。それが受付嬢になりたいなって思ってました(笑)佐竹:人生が全然変わったね!石田:本当にSTUに変えられました!石田:最終オーディション会場に可愛い子がいっぱいいて自分は絶対受からんわって思ってたんですよ。最後の合格者発表の番号が呼ばれるんですけど、その時に絶対受からんわって思ってたら自分の番号が呼ばれたから「なんで?」みたいな、本当にその時は自信もあまりなかったのでほんまにおかしいなって感じでした。でもめっちゃ嬉しかったです!佐竹:それ何歳の時?石田:中学3年生の時です。イエーイって感じでした(笑)佐竹:すぐに家に帰って家族に伝えた?石田:その時家族も同席で、家族がお昼の休憩時間の時にカツ丼を食べに行ってたらしくて、オーディションに受かるように(笑)。そのおかげもあって合格できました。佐竹:AKB48さんのキラキラした部分を見てたけど、いざ自分がやるってなったらイメージがやっぱり変わると思うよね。入ってどうでした?石田:めっちゃ大変でした!その時スパルタマネージャーさんに、1期生ドラ3もいっぱい鍛えてもらってすごい大変でした!きつかったです。でもそこでビシバシ教えていただいたおかげで今の礼儀とかいっぱい学んだので大感謝ではあるけど本当にきつかったです。佐竹:途中で投げ出したいというか料理学校通い直そうみたいなこと思わんかった?石田:何回かありました。しっかり親と一緒に運営さんと話しに行ったことも、本当に早い段階で行ったこともあります。「もうやめます」みたいな。佐竹:そうやったん!?石田:2年目ぐらいで言いに行きました。中村:早い!まさか!佐竹:じゃあこの石田千穂は存在してなかったかもしれない!石田:そしたら今料理が上手な女の子になってました(笑)佐竹:その踏みとどまったのは何なんですか?石田:その時は運営さんがいっぱい止めてくださって、その後すぐにソロステージが決まってたらしくて運営さんはそれを知ってるから「大丈夫、もうちょっと頑張ったら何かがあるから頑張って」みたいな。佐竹:それはまだ言えないんだね。石田:「わかりました」みたいな。佐竹:そこでちょっと踏みとどまって今があるということなんだね。石田:踏みとどめてくれて本当に大感謝です。石田千穂ソロ曲『未来へ続くものよ』石田:「トゲのある何かに傷つき赤い血を流してもまっすぐ進むしかないから頑張れ」ってこの歌詞のサビは言っていて、本当にアイドルになったばかりの頃はファンの方の意見とかいろんな人の意見がアイドルって届くから免疫がなくてトゲがいっぱい刺さったりしたけど、でもまあ頑張ろうねみたいなめっちゃ、共感します。佐竹:舞Q含め後輩たち同期もいますよ。どんなことを伝えたいですか?石田:舞ちゃんはこのトゲのあるゾーンを走り抜け終わった、傷も癒えて強くなってきただろうなって思うんですけど、後輩3期生ちゃんとか4期生ちゃんはまだまだ真っ只中の子もたくさんいると思うので、その時のゾーンを通り抜けた先に強くなった新しい自分がいるから、その頃にはきっと夢とか目標も叶っていると思うのでこの曲を聴いて辛い時は乗り越えて欲しいなと思います。中村:いろんなしんどい経験とかもしてきた千穂ちゃんだからこそ伝えられるなと思って今じんわりきてました。佐竹:舞Qから見た千穂ちゃんってどんな存在でした?中村:一緒にいて、私もしんどい時があったけど頑張ろうって思わせてくれる存在でした。隣にいるだけで。千穂ちゃんがいたらいけるって思ってました。石田:嬉しい!佐竹:それだけSTU48に残してくれたんですよ。石田:私も舞ちゃんにめちゃくちゃ助けられたし、舞ちゃんとは境遇もどことなく似てて考え方も似てて起こる出来事も似てて、だからすごい共感しあって支えてくれた存在だったから本当に舞ちゃんがいたからここまで頑張れました。
[紹介元] 48ラジオトーク – AKBラジオまとめ – STU48 【STU48】卒業直前の石田千穂の9年間を振り返る「2年目に辞めると伝えたら…」
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